11月から行われる深大寺通りでの社会的実験の説明会が小学校でありました。

道路については、一元的に警察に権限があるとかで、事前の準備協議会(小学校
からPTA、青年会など深大寺に関わるすべての関係機関が参加)で決まっていた
ことがある日、警察の一声でひっくり返ったということです。しかも、この警察の担
当者。人事異動で着任したばかりの上、協議会にはいつも少し顔を出しただけ、
事前の実験に至っては、住民全員が帰った後に来たそう。子どもまで自転車に
乗って安全性を確認していたというのに・・・・。この担当者の考えひとつで、今まで
何時間も拘束されて、協力し、議論してきた人たちの合意が覆されてしまいました。
一体、何のための協議会だったのでしょうか。
そもそも、深大寺通り。桜並木の美しい石畳の道ですが、抜け道にもなっている
ようで、制限速度が30キロなのに、それを大幅に超えて通行する車ばかりで、事
故も何度も発生。通学路でもあり、ゲゲゲ人気で去年の3倍の観光客が押し寄せ
ているため、街づくりの最重要課題として、この道路を安全なものに、「人にやさし
い道」にしたい・・・というのが趣旨でした。
そのため、ハンプ(こぶのようなもの)を設置して、物理的に速度を落としてもらう
社会実験をするはずが、警察担当者によると、
「スピードを出す車が多い中で、ハンプなんか置いたら危ない」
「もし何かあったら警察のせいになる。それは避けたい」
という驚くべく理由によって、決まっていたことが一転無理に。
今まで、深大寺通りでスピード違反の取り締まりがされたこともなく、「30キロを
超えて走っている車が多い」という事実を知っていながら放置している状態こそ、
警察のせいになるのではないのだろうか・・・ということが、どうも理解されていない
ようです。説明会でも住民の人たちが市役所の人に詰め寄っていましたが、
「ドライバーを守りたい」・・・というのはどういうことなのでしょうか??
今、裁判に一般市民が参加する時代。検察の闇も明らかになってきました。
しょうがい者に関する政策は、しょうがい者自身が決める時代にもなりました。
このようなことに関して、合意形成プロセスのメンバーであったにもかかわらず、
そのプロセスに真摯に参加せず、最後の最後で、どこか分からないところで、
勝手に警察が決めるという時代なのでしょうか?
日本の「交番」システムは、住民のそばにある警察として世界に高く評価されて
います。しかし、このような交通行政部分に関していうならば、そして住民との
合議という点でいうならば、まだまだ「上から目線」が解消されていない様子。
「変わらなきゃの風」は、どうやら警察までは届いていないようで・・・。
食べ物の生産プロセスの透明性(トレーサビリティ追跡可能性)が叫ばれるように
なって久しい今日です。住民参加、住民主体を謳ううのであれば、意思決定プロセスの
透明性を向上させる努力、あるいは意思決定プロセスへの住民参加の可能性の有
無を示してからの呼びかけでないと、結局住民は踊らされただけ・・・になりかねない
のでは、と思った夜でした。皆、すでに嫌気がさしています。
でも、一進一退してはいるけれど、前進している部分も確かにあります。
隣の三鷹に対して「保守」で有名だった調布ですので、そんなに簡単に変わる
わけもなく。でも、紆余曲折を経て、調布市もそれなりに変化してきたような気もします。
時に励まし、時に厳しく、一緒に付き合っていけたらと思います。
それにしても、道路政策、警察に任せてていいんだろうか・・・・。国政の場でも是非
検討してほしいと思います。